寺域・拝観情報 

開門時間AM9:00-PM5:00

​本 堂

​個人参拝者様は、春・秋の特別拝観期間時期にお参りください。

団体様(10名様以上)は、問合せフォームにてお問合せください。

不空羂索観音菩薩坐像
(鎌倉時代 昭和61年重要文化財指定)

「春日山」の山号が表すように、当山と春日大社には深い縁があります。当山本尊の不空羂索観音は春日第一神である武甕槌命変化のお姿であります。このために御前には鏡を配し白鹿が控えております。お身体に鹿皮の衣を纏ったお姿を好んだ藤原氏が厚く信仰したといわれます。古くは広く民衆に親しまれた観音様でしたが、藤原氏の信仰仏とされて後は容易に造立されなかったが故に現存数は極めて少なく、奈良を中心に十体足らずが残るばかりです。なかでも当山の坐像は、東大寺・三月堂(法華堂)の立像 興福寺・南円堂の坐像とともに「三不空羂索観音」と称されております。

『不空羂索神呪心経』には「この観音様を念ずれば、人災天災の難を逃れ優れた利益を享受でき、臨終にあっては阿弥陀浄土へ往生する」と解かれています。
不空とは「空しからず」余すところなく人々に利益を施すという、この仏の本願の言葉です。羂索とは本来、鳥獣魚を捕る道具ですが、仏が手にすると人々を救済する象徴となります。「一面三目八臂」お顔が一つ、眼が三つ、腕は八本のお姿で、額の第三の眼「仏眼」は一切を見通す悟りを開いた者の眼です。
正面の手は合掌し、他の四本に 羂索・払子・蓮華・錫杖 を持ち、外の二本は掌を空に向けて開いておられます。観音は悟りを求める修行の姿といわれますが、不空羂索観音は仏眼を持ち、手にする蓮華も開いております。今まさに悟りを開かれたお姿なのでしょう。

秘仏・宇賀弁財天女 (室町時代)

元は当山の鎮守社・御祭神として人々に親しまれた弁財天女。現在は本堂の脇檀で厨子にお納めし、特別の折のみ扉が開かれる秘仏とされております。
豊穣福徳の宇賀神と、才智を掌る弁財天が、習合した日本独自の形である宇賀弁才天は、頭上に鳥居型宝冠と宇賀神(頭は老人で体は蛇)を乗せ、八臂(八本の腕)のそれぞれに武器と財宝の象徴を持つのが特徴です。弁財天信仰がさかんであった頃は、多くの人々が当山を参拝したので、「不空」転じて「福院」とも呼ばれたようです。女性の救済と庇護に力を尽くされる弁天様です。
当山・宇賀弁財天女の持物  鍵・輪宝・弓・宝珠・刀・矢・宝棒・三股戟

護摩道場 羂索庵 (毎月の法要時のみ開場)

真言律宗寺である当山では、修法を用いて加持祈祷を行います。護摩法もその一つです。羂索庵は平成26年に落慶し、幸福・除災・縁切り縁結びの願いを込めて納められた護摩木のお焚き上げを毎月28日に執行致しております。
(8月・11月 は、21日)

不動三尊像 (石 仏)

従来、境内に祀られていた当山伝来の不動明王像に、脇侍となる制多迦(せいたか)矜羯羅(こんがら)の二童子を新たに造立し、三尊像として羂索庵の本尊に安置いたしました。護摩法は、炎の神格化といえる不動明王の加持により執行されます。

客仏・不動明王立像 (奥田龍王 作 木彫)

奈良の美術振興に貢献され、平成14年(2002年)ご逝去された彫刻家・奥田龍王氏は、不空院と同じ高畑福井町にアトリエを構え活躍されました。
氏が刻み残された不動明王像を羂索庵に客仏としてお迎えし、開眼致しました。

不動明王像 (本谷定尚 作 木彫)

現在も奈良で仏師として活躍される本谷定尚氏は、主宰されます「定尚会」の仏像展を不空院にて隔年に開催しておられます。そのご縁有り、平成26年に発表された不動明王像を羂索庵にご奉納なされました。平成27年8月に開眼致しました。

境 内 (自由拝観可)

弘法大師像

平安時代、この不空院に在された弘法大師の徳を偲ぶ石像。本尊・不空羂索観音坐像は、弘法大師の手により、興福寺から不空院に移され八角円堂に奉安されました。また、井上内親王の御霊塚も弘法大師の助言により造られました。弘法大師の教えは脈々と継ぎ親しまれ、不空院は「福井之大師」とも呼ばれております。

えんきりさん・えんむすびさん
えんむすび - 市杵嶋姫大神・黒竜大神
えんきり  - 法竜大善神

「縁切り寺」「かけこみ寺」とは、女性の立場が弱かった時代に不幸な縁から逃れ来た女性を受け入れ救済し、他に異議を言わせぬ特権を有した寺のことです。縁切りの神を祀る不空院も、かつてはその役割を果たしておりました。昭和の初め、名芸妓「照葉」と呼ばれた嵯峨祇王寺の高岡智照尼もこの寺に駈け込み、先々代住職・弘厳和尚によってかくまわれてのち、出家されたのは有名な話です。
そうした歴史から、境内の祠には今も縁切り祈願の参拝者が絶えませんが、当山では縁結びの神様も並んで祀られております。結ぶと切るとは表裏一つのこと。「結ぶ時には切らねばならぬものがあり、切ろうとするには新たに結ぶが良い」との理にございます。

御霊塚(井上御霊)と如意輪観音

聖武天皇の第一皇女に生まれ、光仁天皇の后となりながらも、夫である天皇を呪詛したとの罪にて后の座を追われ、幽閉先で非業の最後を遂げた井上内親王。死後しきりに起こった天変地異は内親王の祟りと畏れられ、荒魂を鎮める御霊塚が造られました。かつて内親王の邸宅があったと伝わるこの地でも、井上御霊を祀っております。祀られて後は、不遇の女性を庇護するとして、久しく信仰されております。

御霊塚と並ぶのは、小さな石の如意輪観音。安産・長寿を叶えてくれるという救世観音は、やはり女性の助けとなるようこの寺に祀られたのでしょう。

安穏廟

宗旨・宗派・国籍を問わず、納骨堂「安穏廟」にて永代供養をお受け致しております。先祖代々のお墓が遠方である、お墓を建てても守る次世代が無いなど、現代「お墓」「供養」の悩みや不安を持たれる方は増えております。境内に設けました安穏廟では、納められた大切な御親族・御先祖の霊に対し、敬畏・責任をもって永代に渡りご供養を致しております。また、ご自身の将来についての生前相談も承っております。

境内の由緒ある樹木(自由拝観可)

西大寺・叡尊のお手植えの菩提樹

鎌倉時代の西大寺僧・叡尊は、ここ不空院で多くの衆生に戒律を講じました。真言律宗総本山である西大寺に伝わる叡尊お手植えの菩提樹の一枝を、先代住職・弘昭和尚が授かり境内に植えて、大切に育てたものです。

大和橘

古事記・日本書紀に残る垂仁天皇の御代、常世の国よりもたらされたと伝説される大和橘は、万葉の歌にも多く詠まれております。
奈良盆地を南北に走る古道のうち「中ツ道」は、平城京から飛鳥は橘寺へと通じており「橘街道」とも呼ばれました。平成25年、古道中ツ道を大和橘の並木道にするための植樹活動が始まりました。
この活動に賛同して、境内に大和橘の苗木を植樹致しました。

なら橘ブロジェクト https://kita11aki.wixsite.com/mysite

五色八重散椿

加藤清正が豊臣秀吉のために朝鮮から持ち帰ったとされ、一株に白桃 紅 桃地に紅絞り 白地に紅絞りなど五色が咲き乱れます。散椿の名の通り、首からぽろりと落ちることはなく花びらを散らします。
その様子を武士が好んだようです。庫裏の中庭に春に咲きます。

結縁の散華

かつて不空院にあったと伝わる八角円堂。現本堂は、その礎石の上に建てられております。古絵図にのみその姿を残す八角円堂を今一度建立し、御本尊・不空羂索観音を奉安したいと願い、結縁の散華を通じての浄財を募っております。
散華の絵は不空羂索観音の御加護が有りますよう願い、一枚々手書きされております。お求めになった方々のご芳名は大切にし、建立の折には八角円堂に刻ませて頂きます。
(不空院までお問い合わせください)

真言律宗南都春日山 不空院

〒630-8301 奈良県奈良市高畑町1365

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